【麻雀小説】夜の巨人

麻雀界で一世を風靡した『蒼山三段物語』の作者が書いたアナザーストーリー。

許可をいただいて、当サイトの記事として転載させていただきました。

※この物語は実際の人物を元に作ったフィクションです。

 



夜の巨人

 

第1話

「リーチ」 と大きな声が響いた。

 

「ポッチがいる気がするからね」

 

とリーチをかけたトダカさんはニコニコしている。

 

 

夫婦で来て勝っても、負けても楽しそうにしている、Qの夜番のエースの客だ。

 

昼番のメンバーなら

 

「白が場にまだ一枚しか出ていないので、トラブルになるので発言は控えてください」

 

と注意をするかもしれないが、夜は夜のルールとマナーで裁定をしている。

楽しい雰囲気を作る、客が増える、売り上げが上がる、この流れになることだけを考えて歌舞伎町で働いている。

 

ここの他のメンバーや客に麻雀勝つことなんか簡単すぎる事なので、いま自分が働いている環境をより良くするだけでいい。

 

俺は最高位戦に所属している麻雀プロ元太だ。

 

夜の歌舞伎町で働く自分の人生を皆に聞いて欲しい。

第2話

 

麻雀プロで必ず成功すると最高位戦の門を叩いた。

 

リーグ戦もそれなりに昇級を重ね上から2番目のB1リーグまであがった。

 

周りから見れば順調なプロ生活を送っているように思えるだろう。

 

しかしながら自分としては、最高位戦全体で3本の指に入らなければ麻雀プロとして食っていくのは厳しいと思っている。

 

当然最高位の村上さんがトップであることは皆が認めている。

 

残り2枠を皆で奪いあっている状態だ。

 

 

 

正直かなり厳しい世界だ。だからこそ仕事場であるこのQで少しでも多く稼いで、生活を安定させたいと切に願っている。

 

麻雀プロは対局があるため基本昼番をやりたがる。

 

協会のナカバヤシ、同じ最高位戦のコヤマやサイトウ店長もそうだ。

 

だが俺はあえて夜番を引き受けてこの一年で自分の理想とする状態を築きつつある。

 

それがどういうものかと歌舞伎町ならではの日常を書いていこう。

 

第3話

 

自分が働いているクアトロの夜番の同僚達を紹介していこう。

 

 

まずは金さん。

 

名前だけだと中国から来た密入国者みたいだが苗字が単にトオヤマだからである。

 

 

メンバー歴25年、50歳、麻雀激弱。

 

金さんがクアトロで勝ち越すのは俺が今からプロ野球選手を目指すと同じぐらい厳しい事だろう。

 

 

しかし仕事での責任感、温厚な接客、安定の負けっぷり。

 

どれも俺の理想とする夜の王国には絶対必要な存在だ。

 

温厚な金さんが一度だけブチ切れたのは、寮に住む金さんの缶チューハイを新人の黙って飲んだ時だけだ。

 

新人を殴りつけながら半分残った缶チューハイを奪って飲んでいた。

 

 

次は蒼山三段26歳。

 

メンバー歴は3年になる、昼番で麻雀負けすぎて立番専門になったため、夜に転属されてからイキイキと麻雀をしている。

 

ご存知マグマ打法の使い手だ。

 

 

イワサワさん。

 

さかえ松戸店では本走一番手、15日連続プラスを叩き出し松戸の白鵬と恐れられたデブだ。

 

しかし歌舞伎町は甘くはない。松戸の白鵬も歌舞伎町では3カ月連続でのアウトオーバーとなり、太った案山子とまで呼ばれる存在となった。

ただ3カ月給料がでていないのに痩せる気配がないと言うことは、それなりに金を抜いているのだろう。

 

 

そして新人のコマザキ。

 

宇都宮のさかえでトップ率は三割二分を超えていて宇都宮のイチローと呼ばれていたらしいが、ここクアトロでは最初の一週間で2カ月分の給料を負けた。

 

当物語はこのポンコツどもを使いおれが夜の店でいかにやりくりしているかの話になる。

 

 

第4話

 

『活気ある店にするためには働いている従業員が楽しくないとだめだ』

 

 

松下幸之助の格言みたいな言葉だが本当に自分がずっと心がけている事だ。

 

 

そのためには皆の生活状況や性格も把握しなければならない。

 

 

例えば麻雀打ちたがりのイワサワや蒼山はすぐに卓に入って一時間もたたないうちに元気よく、

 

「アウトお願いします」

 

と声を上げている。

 

 

 

人の生活や金の事情なんか興味はないがあまりにこいつらのアウトがかさんだ結果、店を辞められるのもこまる。

 

 

岩澤や蒼山が店を辞めた代わりに、強いメンバーが入店してくるのがやっかいなのだ。

 

 

金さんとコマザキは寮暮らし。

 

蒼山は一人ぐらし、イワサワは実家暮らしだ。

 

 

 

おれはそれぞれの最低給料日に残しておかないとだめな金額も把握している。

 

金さんには15万、白鵬、イチローには10万、三段には20万残してやれば生活はやっていけるはずだ。

 

そんなに負けていない月はその金額になるまでは卓に放り込む。

 

第5話

 

日々お金を抜く事ができるメンバー業であるが、サラリーマン同様給料日はやはりうれしい。

 

 

社長のタケイが顔を出して皆に給料袋を渡していた。

 

 

蒼山は中身を確認するや深く頷きながら

 

「やっとマグマを掴みました」

 

と微笑んでいた。

 

 

 

昼でナカバヤシなどにタコ殴りされていた頃は麻雀の話すら聞きたくないと言っていたのに今では麻雀の話にも積極的に加わってくる。

ただ蒼山が強くなったわけではない。周りが弱いから勘違いしているだけだ。

 

 

白鵬とイチローは封筒の中の明細だけを確認して、どちらのアウトオーバーが多いかを笑いながら話している。

 

 

金さんに話しかけた。

 

 

「給料どうでしたか?」

 

 

 

「最終日に負けて13万ちょいでした」

 

 

 

「いつも最終日は金さんだいたい勝つんですけどね」

 

 

勝つ事はない金さんに慰めの言葉をかけた。

 

 

「給料15万切ったからいつものやつプレゼントしますよ、帰りにスーパーによりましょう。」

 

 

 

二人でドンキホーテのアルコール売り場に向かう。

 

二人が手に取ったのは4リットルの格安焼酎。これを2本ずつ計4本を寮に運んだ。

 

 

 

 

寮につくなり4本の焼酎に1.2と黒い油性マジックで番号を書いていき、さらに1とかかれた焼酎のボトルをとると金さんは定規をボトルに当ててボトルの横に黒い線を5本ひいた。

 

 

 

 

酒好きな金さんは飲みすぎて酒がなくならないように1日に呑んでいい分量を線で書いているらしい。

 

さらに寮は三人暮らしなので黙って飲むやつがいるかもしれないと心配しているらしい。金さんはこれで今月も衣食住と酒は確保できた安堵の顔を浮かべた。

 

 

 

 

 

この5000円のプレゼントで金さんは今月も頑張ってくれるだろう、

 

 

また仕事明けに飲みに行きましょうと手を振ると、金さんはまだ頭を下げていた。

 

第6話

 

夜番の仕事で一番つらい時間はいつ終わるかわからないメンバースリー入りの麻雀である。

 

自分の勝ち負けはどうでもいいが他のメンバーが負けすぎても困る。

 

といってスリー入りでも打ってくれるお客さんが負けすぎて足が遠のいてもよくない。

 

休憩も取ることはできない。なかなかシビアな時間帯である。このスリー入りには自分の中には3パターンあると思っている。

 

一つはなんとなく始発までみたいなゴールがおぼろげに見えている場合。

 

もう一つはお客さんをプレートバックに追い込んだらゴールという場合。

 

このパターンの場合にお客さんが最後の万券を出したあとに4枚オールを引かれた時のすごろくの振り出しに戻るみたいな感覚は、メンバー歴が長い金さんでもため息をついてしまう。

 

あとはお客さんが体力の限界までのパターン。

 

ナミキさんやタカハシ親子などいまでは少なくなったタフガイ達との死闘だ。

 

今日のスリー入りはパターン2の雨の夜にお客さんがパンクするまでの卓が行われていた。

 

第7話

 

接客業である以上スリー入りでもやっていただけるお客さんには本当に感謝しているが、アウトオーバーのメンバー二人を含めたスリー入りは気が乗らないのが正直な気持ちだ。

 

歌舞伎だけにどんな時間帯にお客が飛び込んで来るかはわからないがあいにく今夜は強い雨が降っていた。

 

スリー入り10回が終わると、四人の勝ち負けがはっきりしてきた。

 

自分が5、勝宇都宮のイチローことコマザキが4勝、お客さんが1勝。 イワサワが7ラスの0勝となっていた。

 

コマザキは

 

「なんとなく東風の打ち方のコツがわかってきました」

 

などと軽口を飛ばしている。

 

アウト四回おかわりしているイワサワはコマザキを睨みつけながら、打牌も荒くなっていた。

 

 

お客さんにはなんの罪もないが、勝つと浮かれる駒崎と負けると熱くなるイワサワの悪いところが出てしまい、

早く卓割れか、奇跡のお客さんの来店を期待しながらゲームは続いた。

第8話

 

「先立つモノ補充させてくださいー」

 

お客さんが連勝を飾ると同時にイワサワが5回目のおかわりを宣言した。

 

口調こそ若干ふざけている風で余裕を醸し出しているが、心中穏やかでないのは打牌を見る限り誰の目にも明らかだった。

 

しかもお客さんに連勝を許すことでゴールが遠のき、状況は悪化している。

 

だがイワサワがレジから戻ってきて13ゲーム目が始まろうとしている中、奇跡的にドアが勢いよく開き落ち着きのない若手のオクムラが入店してきた。

 

俺は一瞬の安堵の後に頭を切り替えた。

 

ここが考え所だ。誰を本走に残すか。Qは責任者に本走立番の役割分担を任されている。

 

いつ逆噴射が始まってもおかしくないコマザキは勝って軽口を叩けているうちに立番をさせた方がいいかもしれない。

 

オクムラを入れてのツー入りならイワサワでも回復の余地がある。

 

「イワサワさん本走お願いします。」

 

取り返すチャンスをくれと訴える目が怖すぎて、俺はイワサワを本走に残すことを選んだ。

 

 

第9話

 

仕切り直してのツー入りはオクムラがイワサワの席に座る。

 

 

イワサワがコマザキの席に移るやいなや

 

「やっぱ麻雀席も大事だよね」

 

と言いたげなイワサワの早いリーチが入り楽々と満貫の2枚をツモ和了った。

 

今までの不機嫌なそぶりは消えてニコニコしているイワサワを見て、俺も一安心した。

 

 

 

しかし、2時間後二人のお客さんが同時にラス半をかけて卓が割れた時にはイワサワはさらに二回アウトをおかわりをしており、顔が真っ赤な豚の丸焼きが出来上がっていた。

 

イワサワは満貫2枚を引いた次局に対子落としの北がリーチ捕まり指定席のラスを引くと、東初の満貫を和了った時の恵比寿顔は鎌倉時代のようにはるか昔の事のように思われるような鬼の形相になっていた。

 

雰囲気の悪い中、掃除、洗い物、レジ確認など溜まっていた雑務を皆でこなしていた時に事件が起こった。

 

第10話

 

事件の発端は麻雀を久しぶりに勝って浮かれているコマザキが宇都宮のイチロー時代を思い出したように、卓掃をしているイワサワに話かけたことだった。

 

「イワサワさん、あの発切りはぬるかったんじゃないですか?」

 

自分がドラの発バック3風露して和了った局の話をクソ負けして機嫌が悪いイワサワに話かけたのだ。

 

 

実際ぬるいどころかキチガイに等しい一打だったが、

 

「今その話をイワサワにするお前の方がキチガイだ」

 

といわんばかりにコマザキを睨んだ。

 

イワサワは後輩の質問に怒りを露わにしながら

 

「確かにそうかもな、でも行かなきゃだめな時もあるだろ?ツモられても捲られるし」

 

まだ冷静を装っているがいつ噴火してもおかしくない、気象庁が噴火危険レベル4をつける状態だった。

 

 

「でもおれの最後の手出しが」

 

まだ話を続けようとするコマザキのアホさ加減に驚きながら、おれは止めないとまずいと思い大きな声で

 

「レジが合わないな〜。コマザキ君、ここわかる?」

 

と2人を引き離そうとしたが時すでに遅かった。

 

第11話

 

イワサワは卓掃している席を立つと

 

「元太さん!なんであそこで本走が俺だったんですか?」

 

と噴火した火山の火の粉が俺に飛んできた。

 

負けてる状態で卓を抜けさせたら、いつもは怒るくせにさらに負けても俺に怒る。

 

(俺はどうしたらいいんだ?)と思いながらも 発端であるコマザキに注意をして怒りのベクトルを変えようと思ったが、

コマザキはイチローばりの俊足でトイレ掃除を始めていた。

 

俺は仕方なく

 

「オクムラさんは仕掛けが多い打ち手だから駒崎では対応できないと思いイワサワ君を残したんだよ」

 

と意味もわからない言葉でヨイショをして、

「それよりさーこの前のヘルスにかわいい新人が2人入ったんだけど、情報収集に付き合ってくれない?奢るから。頼むよ」

 

 

イワサワは急に笑顔になり 「シブですよ」 と再び卓掃を始めた。

 

イワサワの怒りが収まると気づかないうちにコマザキはレジ横にいて 「元太さん俺も今度情報収集に協力させて下さい」 と ニッコリ微笑んでいた。

 

第12話

 

フリー雀荘で側から見ていて一番恥ずかしい行動はなにか?

 

満貫の一本場を引き和了って元気よく

 

「ヨンゴーニーゴーです!」

 

と申告すること?ツモ上がりで親の点数を先に言うこと、マニアックな恥ずかしさはあるが全然カスリもしない。

 

 

カンが入って少し珍しいテンパネの手を点数計算が曖昧なお客さんに放銃したときに「4500」と無愛想に教えて点棒を払おうとしたら

 

「ドラドラやから満貫ちゃうんか」

 

と符計算ができているのかどうかも怪しいおっちゃんに訂正されたとき?まだまだ甘い。

 

 

月に1回しか行かない雀荘にも関わらずなぜか4連続で同じ女流プロがゲストの日に偶然来店してしまい、メンバー達に追っ掛け認定の判子を勘違いで押されてしまうことか?

 

 

確かに気恥ずかしいがこれから俺が語る体験に比べたらズボンのチャックを開けたまま出社する程度のレベルだ。

 

歌舞伎町をフリチンで3周した男の話をぜひ聞いていただきたい。

 

 

第13話

 

Qでは役満ドリンクというものが存在する。

 

役満が出現した卓の全員に配布されるドリンクサービスだ。

 

ある日の夜番。マルの卓と俺と三段の同卓のツー入りの計2卓。コマザキが立番という体制。

 

「ロン、48000の5は6枚。ほら、役満だぞ。キミ、なんかないのか」

 

 

隣の卓から低い声の申告と同時に立番のコマザキを呼ぶ声が聞こえた。

 

「役満おめでとうございます!ラストありがとうございます」

 

一瞬店内が少し騒めいた、新宿の数々の雀荘を出禁勧告された某県会議員のニッタが東1局に親の国士を出和了ったようだ。

 

脇で着順2着を引いたイシカワのとっさんは空気を読まず

 

「危ないとこや、わしも完全にバッターボックスにおったわ」

 

などと笑いながらトビを食らったばかりの新規客に話しかけたが、新規客(Yと呼ぶことにする)は少し顔を赤くして無言で点棒と祝儀を払っただけだった。

 

ウェイトレスのシバタさんが役満ドリンクを運んできて配る。

 

 

「役満和了ったんだ。ウェイトレスのおっぱいぐらいさわらせろよ」

 

セクハラが叫ばれる世の中の風潮など全く気にしないで本気でウェイトレスの胸を覗き込む

 

。この雀荘の主みたいな振る舞いだか実はまだ来店2日目の新規客みたいなもんだ。

 

噂以上のマナ悪だなと逆に関心していた。

 

 

良好とは言えない雰囲気の中始まった次のゲームで事件は起きた。

 

第14話

 

「ツモリンコ!3年5組!」

 

国士を放銃したばかりのお客の親はニッタの300500であっさり落とされた。

 

コマザキが

 

「ニッタさん、点数申告は300500と申告お願いします」

 

と丁寧に注意したが、ニッタは

 

「おう、俺に注意するとは大したもんだ」

 

などとご機嫌で役満ドリンクをぐびぐび飲んでいる。

 

 

「おっ、またリーチだ」

 

 

次局も調子にのって5巡目に牌を横に曲げた。だが8巡目、ニッタに国士を打ったYが許さんとばかりに無筋を強打し追っ掛けた。

 

3巡後にニッタの掴んだ東が御用となり、開かれた追っ掛けリーチの手はまさかの東待ちの国士だった。

 

「役満出たよー!」今まで顔を赤くし一言も言葉を発していなかったなかったYが大声でコマザキを呼ぶ。

第15話

 

「なんとまた国士!おめでとうございます!」

 

シバタさんが2回目の役満ドリンクを取りに行った。

 

「いやあ、ポッチがないからリーチするか迷ったんだけど、河的にも曲げた方がオリ打ちを狙えると思ったんだよね」

 

Yが手牌を流さずに聞いてもいないのにニコニコ能書きを語り出す。

 

またも連続で席順2着のイシカワのとっさんが 「すごいこともあるもんや、何引いてテンパったんや?」

 

と聞くと

 

「もういいだろ」

 

放銃したニッタが不貞腐れ気味に手牌を流すよう促したが、お客はそれを無視して

 

「ん、入り目はこれ」

 

と手牌に2枚ある西を指差す。

 

たがその少しはなれた場所には北が2枚並んでいることにすぐに気が付き飲み干しかけていた役満ドリンクを吹き出した。

 

その様子を見てノーテン国士に気が付いたニッタが

 

「なんだ。それチョンボじゃないのか。」

 

と笑みを取り戻してお客に顔を近づけた。

 

「おい。役満ドリンク回収!」

 

ニッタが手を挙げてこれみよがしにコマザキに指図する。

 

すぐに手牌を流さずに能書きを垂れてしまったが故にノーテンチョンボを指摘され3000点オールを払ったYは再び、今度は羞恥で顔を紅潮させ 「流れが悪いのでラス半で」 と流れの意味の深さを考えさせられるラス半を告げ、プレートバックして店を後にしていった。

第16話

 

死にたいぐらいに憧れた花の歌舞伎町に店を変えて早2カ月。

 

宇都宮では麻雀勝てて当たり前、負けてるメンバーに先切りの功罪について上から目線で熱く語っていた自分が今では恥ずかしく思う。

 

俺が卓を囲んで勝てていたのはいたのは田舎にいた熊やキツネだったのではないかと自信と給料を失った今では思ってしまう。

 

今回は宇都宮のイチローこと私コマザキの許せなかった事件について聞いてもらいたいと思い元太さんに頼み筆を取らせてもらった。

 

今となっては悪口にしか聞こえない宇都宮のイチローというニックネームの所以は宇都宮の店では毎月トップ率が三割二分を超えていたために自然と周りからそう呼ばれるようになっていたからだ。

 

自信もあった。攻めて良し、守って良し、立番良し、宇都宮のイチローの名に恥じない活躍を雀荘という名のスタジアム狭しと見せつけていた。

 

ここQでは見る影もないがメジャーリーグの本家イチローと共々もう一度輝いて見せてやる。

Qで麻雀負けない一番の方法はただ一つ卓に入らない事だ。

 

 

この店ではナカバヤシ、元太に次ぐ実力者コヤマプロでも調子が悪い時にお客さんの欠けがでそうになると突然歯ブラシで牌を磨き始めそれを理由に本走を回避している。

 

 

あれほどの実力者でもそうやって生き抜いているのを見て、俺も常時ポケットには歯ブラシをいれて立番をするようになった。

 

ただ昼はコヤマ、夜は俺が牌を競って磨いているためにもう磨く必要がないぐらい牌は綺麗である。

 

そのため今はどこか掃除する場所を常に探している俺がいる。そんな俺のある夜の悲劇を聞いてほしい。

 

第17話

 

その日は夕方のタケイマネージャーからの電話で起こされた。

 

「コマザキくん休みのところごめん!イワサワくんが急に体調悪くなったみたいで、代わりに今日出勤することできない?申し訳ないんだけど」

 

 

マネージャーは出勤してもシャドバばかりやってはいるが、下の従業員に対しては優しくて人格者で信頼も厚い。

 

アウトオーバーのメンバーには個人的に生活も貸してくれる。

 

蒼山三段の借りたお金でラスベガスに行って、金髪女を連れ出して1即1手コキを決めた自慢話を耳にタコできるぐらい聞かされたものだ。

 

調子に乗って自慢気に後輩に女性との写真を後輩に送ったためにその外国人と写った写真はドンドン拡散されている。

 

 

 

自分も今の実力ではいつ前借りを頼むかもわからない。

 

そんなマネージャーに頼まれたとあっては出る他ないが今日は月末で週末の夜、最も忙しくなる日だ。

 

それに加え今月も負けているとはいえ、出勤しなければ14万の給料が確定している。 正直言って出勤したくはなかった。

 

 

重い身体を起こしてシャワーを浴び、店に向かう準備を始めた。

第18話

 

案の定、22時前に店に到着したときにはフリーは3卓、セットが3卓というなかなかの繁盛ぶりで辟易した。

 

メンバーと言えども人間だ、嫌いな客や苦手な客もいる。

 

自分の場合は負けて熱くなる人やセコイ人間が嫌いである。

 

ラス半を5ゲーム連続して宣言して、次は必ずやめますと恥ずかしがらずに言えるはよおじさんや、勝ったらすぐに凸ラスをかけるお金を常に数えている仲本工事似のTなどは苦手なタイプだ。

 

店に入るとその二人がいるではないか、デブのくせに体調が悪くなるイワサワを恨んだ。

 

俺の法律ではデブに許される欠勤理由は食べすぎだけだ。

 

 

 

 

すぐに昼番のメンバーと交代してワン入りで卓に入ったが、全く手が入らずに周りに3枚オール、4枚オールのオンパレードをくらう。9ゲームでアウトのおかわりを4回頼むハメになった。

 

隣の卓では仲本工事似のTがトップを取り負けをほぼ取り戻すと、凸ラスをかけた。

 

急に待ち合わせの電話が入ったらしい。

携帯はずっと充電しているのに電話の内容までわかる不思議な人だ。

 

はよおじさんのラス半ですと大きな声での7回目のラス半コールには元太さんも無視をしていた。

 

本当に相変わらずの奴らだなと呆れるしかなかった。

 

そして迎えた10ゲーム目の東1局、ついにギフトが舞い降りた。この歌舞伎町で働いて一番の配牌が開かれた。

 

 

四五五五(金)⑤⑤⑤(赤)224777

 

 

 

 

 

 

第2ツモに手を伸ばそうとした刹那、後方のレジの方から仲本工事の低い声が聞こえた。

 

 

 

 

「やっぱ後2、3回できそうだな入る」

 

 

なんとおれの方を指差している。

 

元の席も動きはないから戻れますよ、金さんの気弱な言い方ではこのモンスターを制御できない。

 

仲本工事は

 

「男が一度席を立ったらもう戻れないよ、俺も空手経験者だから、わかるよね?だ

 

からあの席でやるよ」

 

全く日本語とは思えない理屈をのべながら席に近づいてきた。そもそもその顔と体型で空手で虐められた事はあっても経験者のはずがない。

 

俺はこの配牌を守る事で必死だった。

第19話

 

バカな。そんな理不尽が許されるか。

 

「仕掛け入ってますよ!1局お待ちいただいて動きがなければご案内でも大丈夫ですが」

 

いつもより大きめの声ではっきりと聞こえるようにレジに向かって伝えたが、俺のささやかな抵抗も虚しく、仲本工事は背後にいた。

 

「いいからいいから、お前らと違って武道家は細かい事は気にしないよ。時間がないからすぐやりたいんだ」

 

明らかにレジで俺の配牌を見て入ろうとしている。

 

金さんに視線を向けて助けを求めたが、金さんは突然レジ横の鏡を磨きだしていた。

 

……… おれの歌舞伎初のグランドスラムは噴火前に強奪されてしまった。

 

奪われた元俺の手牌は2巡ほど無駄ヅモが続いたが3巡後に2を引き入れリーチを打ち、あろうことが一発で下家から四で48000の9は10枚を出和了った。

 

 

 

どれだけついてないんだおれは。

 

 

役満ドリンクを届けにいくと仲本工事は 「リーチに行くのは難しい判断だよね」 「でも男なら一本背負い決めないとね」 と語り、自分が席を奪い取るために作った空手家キャラから柔道家になっている事に気付いていなかった。

 

そして

 

「やっぱ連絡きたからこれでラス半ね」

 

金を数えながらニッコリ笑った。

 

 

連絡が来たはずの携帯電話は相変わらず待ち席で充電されたままだったが。

 

そのゲームが終わると、早番のみんなが

 

『おはようございます』

 

と続々と入ってきた。

 

 

 

おれは怒りを抑えられず2万を抜いて給料を7000円だけ残し、帰り道その2万で最近できたらしいヘルスに寄ることにした。

 

待合室にはいるとなんと先程の仲本工事がどの子を指名するかで迷っていた。

 

俺から奪った配牌の金で待ち合わせどころかヘルスに来ているではないか。

 

 

 

アウトしてヘルス来ている自分とどちらが屑かはバルサ対レアル並のレベルが高い闘いだ。

 

迷っている仲本工事を尻目に適当な女をすぐに指名する、こいつには負けたくなかった。

 

 

これが勝った事になるかどうかはよくわからないが。

 



この記事を書いた人

りょう
りょう
ブログ『蒼山三段物語』で一躍有名になった男。
謎の多き人物。